建物の基本的な機能・役割のうち、最も大切なものが地震などの自然災害から命や財産を守ることです。所有する建物に適切な耐震対策をとることは、オーナーの使命といえます。また、テナントなど入居する側にとっても、建物の耐震性が入居先の選定基準となることはいうまでもありません。建物の地震対策というと、建物の基礎部分に免震装置を設置して、揺れを吸収し、その上にのせた本体を揺らさないようにする、いわゆる免震建築を想い浮かべる方が多いと思います。しかし、そうした免震建築は、新築の時には有効ですが、既にある建物の耐震性を高める場合に求められる対策は別のものとなります。ここでは、ビルの経営者、管理者のために、皆さんが所有する既存の建物の耐震性アップに役立つ情報をまとめています。
建物の耐震性とは?
社会課題となっている耐震性の向上
世界で起こるマグニチュード6以上の地震2割以上が集まるといわれる地震大国、日本。近い将来に起こるとされる、「首都直下型地震」「南海トラフ地震」などへの対策が、国家ぐるみで進められています。その中でも緊急性の高い課題とされているのが、建物の耐震性の向上です。東京都が運営する耐震ポータルサイトによると、「地震による揺れ」「地盤の液状化」「急傾斜の崩壊」「火災」などにより、都内にある建物約270万棟のうち、約12万7000棟の全壊、約34万6000棟の半壊が想定(出展:東京都耐震ポータルサイト)されると警告しています。
建物の耐震性について話をするとき、必ず出てくるのが「耐震基準」という言葉です。現在の「耐震基準」は、「震度6強~7クラスの大地震でも倒壊しないこと」が目標とされており、1995 年の阪神淡路大震災においても、「新耐震基準」による建物は、「旧耐震基準」でつくられた建物に比べ、被害が大幅に少なかったことが知られています。1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物は新耐震基準を満たしていますが、それ以前のものは耐震性が不足している可能性があり、早期に耐震診断を受けることをおすすめします。
耐震診断の流れ
改修が必要かを調べる「耐震診断」
既存建築物の耐震性能を評価し、「耐震改修が必要かどうか」を判断するのが「耐震診断」です。
耐震診断は、①予備調査→②本調査→③耐震性評価という流れで行われます。
- ①
予備調査では、設計図書や計算書、増改築の履歴など、診断に必要なデータを集めます。
- ②
本調査では、現地で構造躯体(基礎、基礎ぐい、壁、柱)や部材の劣化の状況をチェックします。
- ③
耐震性評価では、①予備調査や②本調査の結果をもとに、耐震診断に使われる諸数値を用いて、耐震診断計算を行い、その結果はIs値(構造耐震指標)で表されます。
Is値が0.6以上であれば、想定する地震動に対して、所定の耐震性を確保していると判断されます。Is値が0.6未満の場合は、耐震性能をあげるための改修工事の検討にとりかかる必要があります。
耐震診断は、建物の構造ごとに、国土交通大臣が認定した方法が定められています。耐震診断結果の報告が義務付けられた建物の耐震診断は、建築士の資格を保有し、国土交通省に登録された講習を受けている人しか行うことができません。
既存建物の耐震工事例
地震対策は、コーディネート力が大切
オフィスを地震に対して強く、より安全な空間にする耐震改修工事には、様々な方法があります。代表的なものとしては、新たな「耐震壁」を鉄筋コンクリート等で増設する工事があげられます。また、「ブレース」と呼ばれる鉄筋やアングルなどの型鋼でつくられた補強材を使う方法も一般的です。柱や梁に囲まれた開口部にブレースを増設することで、建物の耐力とねばり強さが向上し、地震による横からの力に強くなり、変形しにくくなります。また建物を支える柱に炭素繊維シートや鋼板を巻いて補強する工事も推奨されています。
そのほかにもいろいろな方法があり、それぞれに効果が期待されますが、単独の対策ではなく、複数を組み合わせることで、建物の安全をより確かなものにすることができます。ですから工事業者には、お客様の建物全体のバランス、整合性を考慮しながら、いくつかの工法を最も効果的にコーディネートする力が求められます。
日本メックスでは、ビルの強度と剛性(変形のしづらさ)の確保、偏心(建物の強さの中心と重さの中心がずれていること)の改善、変形を抑さえる効果がある「座屈拘束ブレース」、地震エネルギーを吸収、低減する「制振ブレース」、梁のせん断破壊などを防止する「炭素繊維シート」による構造部材の補強など、いろいろな工法を自社の建物で実際に使いながら研究し、お客様への最適な耐震対策の提案に役立てています。
(文:伊東慎一)